子供の頃、10年後、と聞くだけでもの凄く遠い未来だと思った。
大人になると、その遠い未来は毎日の時間の消化によって
案外すんなりとやってくるという事実を知った。
すんなりといとも簡単にやってくる遠い未来。
2000年に岩井俊二×小林武史によって作り出された歌姫リリイ・シュシュ。
私は夢中になった。
リリイに、というより、リリイを語る人々に。空間に。
映画が公開され、思春期の子供達が共鳴したリリイの姿は
私が惹き付けられて止まなかったリリイとは別物だった。
あの黒い空間でリリイを語った時間が、想いが
私にとってのリリイ・シュシュのすべて、だった。
10年経ち、リリイ・シュシュの再始動とライブ
このニュースが飛び込んできた時も私の心の中にあったのは
あの頃交わした心と感情
傷つけてしまった人の事
手放さなければいけなかったもの達の事
遠くなってしまった人達の顔
混乱した
Salyuからようやくリリイの影が薄れ
念願だったライブに足を運べたばかりだったから
余計に気が動転してしまった
ハンドルネームだった「月」という名前を封印しなければいけなかった程
あのままだと私は前を向いて歩き出せなかった
今住んでいる場所からは当然リリイの復活ライブに足を運べる訳もなく
その事が少しの救いになった。
リリイの復活のニュースの後、懐かしい人達からいくつかのメールが届いた。
不義理をしてしまったことを申し訳なく思う。
忘れたんじゃないよ
忘れられなかったから苦しかった
思い出になっていないから
まだすべてを美しく喩えきれないから
だけど同時に私は住む場所もとりまく環境も
生きる目的もすべて変わってしまった
同じ場所に立ち返る事は許されないし
そうしたくもない
リリイ・シュシュは心の中に。
リリイホリックは心の中に。
どうか、それを許して欲しいと思う。
ニンゲンハ、トベナイ。
だけど
前を見据えて歩き続けなければ、ならないから。